考証 Avro Lancaster ED905 / BQ-F 100回目の出撃時仕様を追う

タミヤ1/48 Avro Lancaster B Mk.I/IIIが手に入りました。ハウスオフで新品未開封が4000円だと!・・・早速購入。
それで選べる機体のひとつ、ED905 / BQ-F “Press on Regardless”。について考えることにします。

IBCCの “Airmen and woman seeing off a Lancaster”。滑走路脇からED905を見送っている写真で、寄贈時キャプションに「ED905 BQ-F、F/Lt Shaw、taking off on its 100th op」と明記

機首に多数の爆撃マークを並べた有名なLancasterで、550 Squadron所属時には100回の作戦出撃を達成している。作るなら、その「100回目」の姿で再現したい。今回はLancaster全般の仕様(このへんは色々なサイトもあるのでおまかせしましょう)を追うのではなく、ED905が100回目の出撃に向かった1944年11月2日、その時点でどんな状態だったのかに絞って資料を見ていこうと思います。


100回目は1944年11月2日、Düsseldorf

ED905はLancaster B Mk.IIIで、550 Squadronではコード「BQ-F」を付け、“Press on Regardless”のノーズアートで知られていました。
Bomber Command Museum of Canadaの資料では、F/Lt D.A. “Jock” Shawが操縦するED905が、1944年11月2日のDüsseldorf攻撃で100回目の作戦出撃を行ったと記録。Shaw自身にとっては35回目の作戦出撃。
IBCC Digital Archiveにも、ED905が100回目の出撃へ向かう際の写真が残っています。

なお、IWM写真を転載した一部資料には「11月4日」「Bochum」とする古いキャプションも残っていますが、今回確認した作戦記録と複数の資料は11月2日 Düsseldorfで一致しているため、ここでは11/2とします。


70回の作戦出撃を達成した頃のED905 / BQ-F。ノーズアートや機体側面を確認できる重要な写真。IWM CH 17852

写真から分かること、分からないこと

ED905には、70回出撃を達成した時点の有名な記念写真が残っています。機首のノーズアート、爆撃マーク、機体側面などはかなりよく分かる写真で、100回目前のED905を考えるうえでは重要な資料と言えます。
一方、100回目当日の写真も存在するが、エンジンを始動した状態や離陸を見送る場面が中心で、すべての装備を明確に判定できませんでした。
ここが今回の考証での問題でした。
特にプロペラ、機首下面、H2Sレドームについては、100回目当日の写真だけから完全に確定することはできませんでした。そこで実機写真だけでなく、タミヤキットの部品構成とED905用の指定も参考比較することに・・・。


タミヤキット 意外に細かい作り

タミヤキットにはLancasterの時期による違いを再現するため、2種類のノーズウインドウ、後部銃座、排気系などが用意されています。さらに後期型前部キャノピー、細身のプロペラ、スリックタイヤ、排気カバーのないナセル、12.7mm連装後部銃座なども。

つまり単純に「Mk.IIIだからこの形」と決めるキットではない。というか、私みたいに「この機種の11/2出撃の形」が選べる・・・すごいぞタミヤ(タミヤしか知りませんけど・・・)。

ED905について説明書指定と残された写真を照合すると、細身のプロペラ、通常型の4連装後部銃座、排気カバー付き、スリックタイヤという組み合わせが最も自然でした。ただしプロペラについては、1944年11月2日に停止した状態で明瞭に確認できる写真が見つかっていないので推定です。タミヤのED905指定とそれ以前の実機写真から見た有力な推定として扱うことに。


胴体下面の半球状のふくらみがH2Sレーダーのレドーム。内部に回転式アンテナを収めている。

H2Sは付いていたのか

今回いちばん判断に迷ったのが、夜間の航法・爆撃に使われた地形表示レーダー「H2S」の有無だった。H2S搭載機では、胴体下面にアンテナを覆う半球状のレドームが付くため、模型でも外観上かなり目立つわけです。550 SquadronでNavigatorを務めたJohn Eppelは、North Killingholmeへ到着した際、LancasterにH2Sの下面レドームが付いているかを確認し、同隊では大部分の機体がH2Sを装備していたと証言しています。

そう聞くと、ED905にもH2Sを付けたくなる。が、これはあくまで550 Squadron全体についての証言であり、ED905についていたよってわけじゃないです。
ED905が70回出撃を達成してから100回目を迎えるまでの期間についても、H2Sを追加装備したことを示す記録や、レドームを明確に確認できる写真は見つけられなかったのが現状でした。タミヤのED905指定もH2S装備機としては扱っていません。まぁ、今回は「550 SquadronではH2S装備機が多かったことは確認できる。しかしED905が100回目までに装備した証拠は確認できない」。
模型ではH2Sレドームなしで進める予定です。くれぐれも「付いていなかったことが確認できた」わけではないので・・・。


100回目の爆装は何だったのか

さて爆装です。
Lancaster B Mk.I/IIIの爆弾搭載量は、燃料搭載量や航続距離、作戦内容によって変化しました。一般的な作戦では約13,000〜14,000lb(約5.9〜6.35t)級の爆装が多く、14,000lbはLancasterの代表的な搭載量として資料にも記録。長距離作戦では燃料を増やすため爆弾搭載量を減らし、近距離の作戦では逆に爆弾を多く搭載する運用が行われたようです。
Lancasterの大きな特徴は、長く障害物の少ない爆弾倉により大型爆弾を搭載できたことで、4,000lb “Cookie”をはじめ、特殊任務用の改造機では12,000lb Tallboy、さらに617 Squadronの特別改造機では22,000lb Grand Slamまで搭載しました。

今回推定したED905の1944年11月2日Düsseldorf出撃時の爆装で、4,000lb ×1 + 1,000lb ×6 + 500lb ×6 = 13,000lbは、Lancasterの通常作戦時の搭載量としても不自然ではないかなと。

実際、550 SquadronのED905について、11月2日に何を搭載したかを直接記したbomb load欄は、公開資料の範囲では確認できませんでした。ただし周辺資料はかなり残っていて。550 Squadronと同じNo.13 Baseに属していた166 SquadronのBomb Aimer、Bill Baileyは、1944年11月2日のDüsseldorf攻撃について、4,000lb Cookie ×1 + 9,000lb HEを搭載したと記録。さらに同じNo.1 Groupの576 Squadronでは、この日のDüsseldorf攻撃に参加した複数のLancasterについて、4,000lb Cookie ×1 1,000lb爆弾 ×6 500lb爆弾 ×6という搭載記録が確認。

もちろん、これだけでED905も同じだったかどうかは定かじゃありませんが、同日・同一目標・同じNo.1 Group、さらにNo.13 Baseでも4,000lb Cookie+9,000lb HEが確認できることから、ED905の100回目出撃を再現する際には、

4,000lb Cookie ×1 + 1,000lb ×6 + 500lb ×6

を現時点で最も説得力のあるんじゃないでしょうか。


タミヤの指定をそのまま作るより・・・・

今回調べてみて分かったのは、タミヤのED905指定はかなり参考になる一方で、「1944年11月2日の100回目仕様」を完全に再現した指定ではないってことで(誤解のないように書き添えますが905の100回目と明言してるわけではありませんからね)。

爆装については、同日の作戦資料から別の構成を採用した方が100回目の姿には近い可能性が高いと思ってます。

H2Sレドームは逆に、部隊全体の状況だけを理由に追加するより、ED905固有の証拠がない以上、タミヤ指定どおり装備しない方を選ぶほうがいいですね。

今回の考証結果を整理すると次のようになる。

項目現時点の判断
100回目の出撃確認済み:1944年11月2日 Düsseldorf
機体確認済み:ED905 / BQ-F “Press on Regardless”
プロペラ有力推定:細身タイプ
排気有力推定:カバー付き
後部銃座有力推定:通常4連装 .303
タイヤ有力推定:スリック
H2S不明。ただし今回は非装備で再現
爆装有力推定:4,000lb ×1 + 1,000lb ×6 + 500lb ×6

「分からない部分」は想像・・・・考えて作る楽しみ

ED905は写真も記録も比較的多く残っている機体です。それでも、80年以上前の一機について、ある一日の装備をすべて確定することは難しいでしょう。
今回もH2Sや爆装について、最後までED905自身の記録で確定できなかった部分がありました。
公開されている資料から確認できる範囲で、1944年11月2日のED905として最も矛盾の少ない状態を組み立てる、そのくらいがちょうどいいのでしょう(いつもといえばいつもですけどね)。

いつか(近い将来の予定)この考証を元に、タミヤ1/48 Lancaster B Mk.I/IIIを組めるといいなぁ。

参考資料・参照リンク

100回目出撃を見送るED905 / BQ-F

IBCC Digital Archive「Airmen and woman seeing off a Lancaster」。キャプションに ED905 BQ-F / Flt Lt Shaw / taking off on its 100th op と明記されています。IBCC側は CC BY-NC 4.0 表記です。イギリス中世文書デジタルアーカイブ
IBCC転載元ページ

70回出撃時のED905 / BQ-F(IWM CH17852)

現在使っている高解像度版の確認元はWikimedia Commonsで、元資料がImperial War Museums CH 17852であること、撮影者・説明・権利情報まで載っています。ウィキメディア・コモンズ
IWM CH17852の資料ページ

H2S下面レドームが見える635 Squadron Lancaster

RAF Memorial Flight Clubの記事中の写真です。本文でも「rear fuselage下のH2S radar dome」と明記されています。memorialflightclub.com
H2S写真の転載元記事

おまけ

AIでカラー化しました。もうなんでもありだね・・・

当時の雰囲気を見るため、白黒写真をAIで参考カラー化したもの。色は考証資料として使用していませんので・・・。

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