今回は制作記事というより「そこに至った考証」です。大袈裟な話ではなく「この時のこんな機体」だったのかなぁ などと史実に思いを馳せたよ とそんな記事になります。
Fairey Swordfish Mk.II HS442 “L”。
今回製作するのは、Fairey Swordfish Mk.II HS442 “L”。 1943年、イギリス海軍航空隊 811 Naval Air Squadron(811 NAS) に所属し、護衛空母 HMS Biter から作戦に参加した機体。
1943年2月、HMS Biterには811 NASが搭載され、Swordfish Mk.II 6機とWildcat 3機 で北大西洋における対潜作戦の準備を開始しています。4月にはWestern Approaches Commandの第5護衛群に加わり、船団護衛とUボート捜索が本格化しました。
Royal Navy Research Archiveの艦歴では、この“L”をHS442と特定しています。
1943年4月25日、船団ONS.4を護衛中のHS442 “L”は、HMS Biterから約8マイルの海上で浮上中のU-203 を発見。英側資料では爆雷2発を投下して(と、されている一方でU-203生存者の米海軍尋問記録には『爆弾1発』との異なる記録も残っています)潜航を強要し、その位置を発煙浮標で示しました。その後、駆逐艦HMS Pathfinderが追跡を引き継ぎ、U-203は数時間後に浮上、乗員が退艦しています。
5月にもHS442 “L”は繰り返し対潜哨戒に出撃しており、浮上中のUボートへの攻撃や索敵任務を行っています。つまり今回の機体は、ソードフィッシュの代名詞ともいえる「雷撃機」としてではなく、大西洋の船団を守る対潜哨戒機として の役割が大きかったんじゃないか?と。
そこで今回は、この1943年春の北大西洋で活動していたHS442 “L”を対潜哨戒機 メイン運用と想定。で、考証したかった(大袈裟・・・)のは、ここからです。この時期の811 NASのSwordfish Mk.IIは、どのような塗装で飛んでいたのか。白い対潜塗装はどこまで回り込んでいたのか。そして、どのような装備でUボートを追っていたのか。
そのあたりを一つずつ整理しながら、HS442 “L”の姿(模型としてですよ・・)を決めていこうと思います。
1943年のソードフィッシュは何をしていたのか
ソードフィッシュというと、1940年のタラント空襲や、1941年の戦艦ビスマルク追撃で魚雷を抱えて飛ぶ姿がまず思い浮かびます。実際、プラモデルの主兵装も魚雷ですから・・・
しかし、今回製作するHS442 “L”が活動した1943年になると、その役割はかなり変わってきています。 低速の複葉機であるソードフィッシュが、強力な防空火器を持つ高速水上艦へ雷撃を仕掛けることは、すでに非常に危険な任務になっていました。1942年2月のいわゆる「チャンネル・ダッシュ」では、ドイツ艦隊に攻撃を試みた825 NASのソードフィッシュ6機が全機失われています。以後、雷撃機としての第一線は新しい機種へ移っていきました。
しかし、ソードフィッシュそのものが姿を消したわけではありません。
むしろ1943年頃から、この古風な複葉機には対潜哨戒機、そして船団護衛機として新しい仕事 が与えられていきます。大西洋では、ドイツ海軍のUボートが連合軍の輸送船団を脅かしていました。特に陸上基地からの航空機が届きにくい海域をどう守るかは大きな問題でしたが、護衛空母の増加によって、船団のすぐ近くから航空機を発進させられるようになります。1943年7月には、実際にソードフィッシュが護衛空母HMS Activityへ着艦する様子もイギリス海軍の公式写真として残っています。
ソードフィッシュは速度こそ遅いものの、低速で安定して飛ぶことができ、小さな護衛空母からも運用できました。その性格は、広い海面を長時間捜索し、発見したUボートへ低高度から攻撃する対潜任務にはむしろ都合がよかったようです。のちにはASV(Air to Surface Vessel)レーダーやロケット弾も運用され、Mk.IIではロケット弾搭載のため主翼下面が金属張りに変更されています。
対潜攻撃の主兵装となったのは航空機用爆雷 でした。
航空機は海面上または潜航直前のUボートを発見すると低高度まで降下し、潜水艦の進路を横切るように爆雷を投下します。爆雷そのものが船体へ直撃しなくても、水中爆発の衝撃によって耐圧船殻や内部機器へ損傷を与えることができました。第二次大戦中、航空機による対潜攻撃では爆雷が主要な兵器として使われています。
今回の811 NASも、その任務を行っていました。
1943年4月25日、HMS Biterから発進した811飛行隊のSwordfish “L”は、北大西洋でU-203を発見して爆雷攻撃を実施。その後、駆逐艦HMS Pathfinderが追撃し、U-203は失われました。さらに5月12日には、同じ811 NASのSwordfishがU-89への攻撃に参加しています。
つまり、今回作る1943年春のHS442 “L”は、「時代遅れになった雷撃機」ではなく、大西洋の船団をUボートから守るために使われていた現役の対潜哨戒機 として見る方が、この時期の姿に近かったのかなとふんでいます。「ちょっと時代遅れかとおもったけど、現役かよ」みたいな・・・・かっこよくないです?
この任務の変化は機体の塗装にも表れます。
海面上を低空で哨戒する対潜機には、上空から見た迷彩だけでなく、Uボート側から空を背景に見上げたときの視認性を下げることも求められました。そこで問題になるのが、今回の塗装でも悩むことになった機体下面から側面へ広がる白い塗装 です。
次は、この白が実際にどこまで塗られていたのかを考えます。
参考リンク
なぜ白く?
1943年頃の対潜任務に就くソードフィッシュを見ると、それ以前の機体とはかなり印象が変わります。
上面には海軍機らしい Extra Dark Sea Grey と Dark Slate Grey の迷彩を残しながら、下面だけでなく胴体側面まで大きく白く塗られた機体が見られます。
最初にこの塗装を見たときは、「海上を飛ぶから白くしたのだろうか?」と思いました。が、この白は海を背景に機体を隠すための色ではありませんでした。
まず、対潜哨戒機にとって重要だったのは、海上に浮上しているUボートを、相手に発見されるより先に見つけること (それはそう・・・)。
当時のUボートは、水上航行中に航空機を発見すると急速潜航して逃れることができます。したがって航空機側からすれば、発見してから攻撃位置へ入るまでのわずかな時間 が重要になります。RAF Museumの解説でも、対潜攻撃では潜水艦が潜ってしまえば正確な位置を捉えることが難しくなるため、航空機は発見後、低高度から爆雷攻撃を行っていました。
そこで問題になるのが、Uボートから航空機がどう見えるか です。
海上の見張員が航空機を見る場合、背景になるのは海ではなく空です。濃い色の機体は明るい空を背景にするとシルエットとして浮かび上がります。一方、下面や側面を白くすると空との明暗差が小さくなり、遠距離から発見されにくくなります。
実際、カナダの対潜航空部隊でもこの効果が研究され、白く塗装した機体は空の明るさに紛れ、Uボートへより近づくまで発見されにくかったとされています。1942年には白い迷彩を施したHudsonによるU-754への攻撃例も残っています。
つまり白い下面は、「航空機から海を見下ろしたときの迷彩」ではなく、「Uボートから空を見上げたときの迷彩」 だったわけです(当たり前っちゃあたりまえですが・・・)。
これは今回のソードフィッシュを考えるうえでのポイントになりました。
HMS Biterに搭載された811 NASは、1943年春にはSwordfish Mk.IIを使って北大西洋で対潜作戦を行っています。Biterには6機のSwordfish IIと3機のWildcat IVが搭載され、Western Approaches Commandのもとで船団護衛とUボート捜索に投入されました。
こうした任務に合わせ、ソードフィッシュにもExtra Dark Sea Grey/Dark Slate Greyの上面迷彩と、白い下面・側面を組み合わせた対潜塗装 が使われるようになります。Swordfishの塗装研究では、この対潜用の白色塗装が1943年には生産機に現れていたことが指摘されています。
ここで面白いのが、白が単純に「機体の下面だけ」に収まっていないことです。写真を見ていくと、白は胴体側面へかなり高く回り込んでいる機体もあります。考えてみれば、Uボートの見張員から航空機を斜めに見上げた場合、見えるのは翼下面だけではありません。機首や胴体側面も空を背景にして見えるため、そこまで白くすることには合理性があります。(実際、タミヤのソードフィッシュMkIIの箱絵も側面どころか機体は真っ白上の搭乗員前後だけ黒で塗装して翼面上は迷彩、下面は白というものです。)
TAMIYAの箱絵
一方で、どこからどこまで白くするかは、写真を見る限り必ずしも全機一様には見えません。
ここが今回のHS442 “L”を塗るうえで一番悩んだ部分でした。
下面だけを白くするのか。
胴体側面まで白を上げるのか。
さらに機首まで大きく白くするのか。
811 NASの写真や同時期の対潜仕様Swordfishを見比べると、一般的な塗装図をそのままより、1943年春の対潜任務機として白の面積を少し広めに取った方が自然ではないか と考えるようになりました。
次は、その「白をどこまで塗るか」を写真から考えてみます。
参考資料
RAF Museumには、大西洋における対潜航空戦、ASVレーダー、爆雷攻撃などをまとめた解説があります。RAF Museum「Coastal Command」
白色迷彩によってUボートからの発見を遅らせる考え方については、Juno Beach Centreのカナダ対潜航空戦の解説が非常に分かりやすいです。Juno Beach Centre「Home Defence」
HMS Biterと811 NASの1943年の行動はこちら。Royal Navy Research Archive「HMS Biter」
白をどこまで塗るか
白を使っていた対潜対策は分かりました、が・・・・。「その白をどこまで塗るの?」 です。
対潜任務に使われたSwordfishを見ると、白は単純に翼や胴体の「下面」だけに収まっているとは限りません。Fleet Air Armの対潜機では、白が胴体側面まで大きく回り込み、場合によっては上面のTemperate Sea Schemeが細く残る程度に見える例もあります。
1943年のCoastal Command向け塗装規定にも、白を側面から上方へ延ばし、正面や側面から見たときに機体がほとんど白く見えるようにする、という考え方が記されています。これはFleet Air ArmのSwordfishそのものに対する指定ではありませんが、当時の対潜航空機で白を広い範囲まで回り込ませる考え方を知るうえでは参考になります。
Swordfishについても、1943年から対潜用としてExtra Dark Sea Grey/Dark Slate Grey over White の塗装が使われたとする研究があります。
まぁ実際、今回のHS442 “L”そのものの塗り分けを、写真から完全に確定できるわけではない のですけどね。
HMS Biterには1943年当時のSwordfishを写した写真が残されていますが、モノクロ写真の光線状態や機体の角度もあり、「この線から上が迷彩、この線から下が白」とミリ単位で再現できる資料ではありません。
そこで今回は、811 NASの写真と同時期の対潜Swordfishを見比べながら、特定の一枚をそのままコピーするのではなく、1943年春の対潜任務機としてあり得る塗装を再構成する ことにしました。
最初は一般的な塗装図に近く、白を比較的低い位置で止める案を考えていました。
しかし写真を見ていくと、それでは側面の暗い部分が多く、当時の対潜機としては少し印象が違うように感じます。逆に、胴体側面をほとんど白くしてしまう後期の機体に近い塗り方では、1943年春のHS442としては少し進みすぎているようにも見えるし・・・というジレンマ。
そこで最終的には、白を側面へやや高めに回しつつ、機首付近では白の境界を少し下げる ことにしました。
翼上面にはExtra Dark Sea GreyとDark Slate Greyの迷彩を残し、胴体は後方ほど白の占める割合を大きくする。機首では上面迷彩を少し広めに残す。
史実写真を完全に再現した塗装ではありません。というか無理ですから。
ただ、811 NASが北大西洋で対潜哨戒を行っていた時期、白色迷彩が拡大していく過程、そして写真から受ける機体の印象を合わせると、今回はこのくらいが一番納得できる落としどころじゃない?(資料を読んでいると前線で塗り直したなんて話も出てくるので、正解は無い気がします)。
「確認できる資料で、自分の好きなHS442 “L”の姿を考えました」
今回はそんな塗装考証です。
HMS Biter Gallery — Royal Navy Research Archive
結論ってほどじゃないですが・・・
Swordfish Mk.II を作るにあたって読み調べると、最初のイメージ以上に、この機体は「雷撃機」という印象でした。
まぁ1943年春、HMS Biterの811 Naval Air Squadronに所属したSwordfishは、北大西洋で船団を守り、Uボートを捜索・攻撃する対潜哨戒機として活動していたことだけが「事実」ではあるのですが・・。
あとは創作ですね。これは「HS442は間違いなくこの塗装だった」と断定する再現ではありません。確認できた史実を土台にして、確認できない部分は当時の状況から推定する。
こんな経緯で、1943年北大西洋で船団を守っていたSwordfish Mk.II HS442 “L”を制作してみようと思います。